AIアプリは200個作るべきか、20個作るべきか

ひらノルム2026-04-12otherAI エッセイ 個人開発

この記事について

AIアプリ開発における「量産 vs 質」について、筆者(ひらノルム)がモヤモヤを抱えたまま Claude に投げ、一緒に整理した思考ログです。結論というより、4つの矛盾しそうな気持ちを立てて並べてみたら、実は矛盾していなかった、という話。

AIアプリ開発をめぐって、4つの気持ちが混在していた。

  • AIが作れるありきたりな200個のアプリが市場に並びまくるだけなのでは
  • でも作る過程で得られるものはあるかも
  • 200個作って1個の当たりを探すのは意味がなくはない
  • それなら考えて作った20個のほうが当たる確率が高いのでは

矛盾しているように見えて、整理できていなかった。Claude と一緒に4つを並べて考えてみた。

4つの気持ちが混在している。それぞれを一度ちゃんと立てて、整理してみる。


4つの気持ちを並べる

気持ち論理の核
① ありきたりアプリが市場に並びまくるだけではAIの出力は平均的になる。差別化にならない
② でも作る過程で得られるものはあるプロセスそのものに価値がある
③ 200個で1個の当たりを探すのは意味がなくはない試行数で確率をカバーできる
④ でも考えて作った20個のほうが当たる確率が高いのでは精度が試行数を上回れる

これらは矛盾していない。それぞれ異なる変数を見ている。


①「市場がありきたりで溢れる」について

これは構造的に正しい懸念だ。

AIは「平均的に正解らしいもの」を出力する4,5。学習データの中心にある「よくあるアプリ」を生成するのが得意で、誰も見たことのない新しい概念を自力で発明するのは苦手だ。

つまり、AIを使って何も考えずに作ると、市場で最も競合が多い領域に向かっていく。ToDoアプリ、習慣トラッカー、ランディングページジェネレーター……これらは AI に「何か作って」と言ったときに出てくるものの筆頭だ。

そしてその「ありきたりアプリ」を量産できる人が増えると、AIが作れる平均的なアプリ = 市場の最低水準になる。ゴミ箱が溢れるというより、床が上がっていく。

この床が上がった世界で差別化するためには、「AIが平均的に出力できるものより上」のものを作る必要がある。それはつまり、人間側の判断・視点・ドメイン知識で上乗せしなければ、勝てない。


②「作る過程で得られるものがある」について

これは量産派の最も誠実な主張で、一定の正しさがある。

作ることで得られるもの:

  • ユーザーとの接触(本当に使われるかの検証)
  • 技術的な解像度(実際に動かすことで見えること)
  • 「作り切る」という感覚の蓄積

ただしこれは「200個作るから得られる」のではなく、「1個でも真剣に届けようとすれば得られる」ものでもある。数を増やすことで得られるものと、1個に向き合うことで得られるものは別だ。

量産で得られるのは「数をこなすことへの慣れ」と「出力スピード」。深く向き合うことで得られるのは「判断力」と「設計力」。


③「200個で1個の当たりを探す」について

これは「ショット・オン・ゴール理論」として一定の合理性がある3

試行回数 × 成功確率 = 期待成功数

試行回数を上げることで期待値を上げる戦略は、成功確率が変えられないときに有効だ。宝くじは1枚より100枚買ったほうが当たりやすい。

ただし、アプリ開発は宝くじではない。成功確率は変えられる。ユーザーを理解すること、問題を定義すること、市場を読むことで、確率そのものを引き上げられる。

さらに言えば、「ランダムに200個作る」場合の成功確率が非常に小さいとすると、200個作っても期待値は依然低い。確率が 0.1% なら 200個で 0.2 個の期待成功数。確率が 10% なら 20個で 2 個の期待成功数。

量産が合理的なのは、「成功確率を上げるコストが、試行数を増やすコストより高い」ときだけだ。AIが試行コストをほぼゼロにした今、この条件がかつてより成立しやすくはなった。ただし、成功確率を上げるコストも同時に下がっている(AIで調査・検証・プロトタイプができる)ので、どちらが有利かは単純ではない。


④「考えた20個のほうが当たる確率が高い」について

これが最も現実に近い直感だと思う。

式で書くと:

量産戦略:200 × p(低)
設計戦略:20 × p(高)

p の差がどれだけあるかによって逆転する。もし「考えて作る」ことで成功確率が10倍になるなら、20個で200個分の期待値を超えられる。

実際、収益を上げている個人開発者(Pieter Levels など)1,2は、ランダムに量産しているわけではない。「誰が困っているか」「解決されていないニーズはどこか」を考えた上で作り、AIでその実装コストを下げている。

量産とは「思考の省略」ではなく、「検証サイクルの高速化」として使ったときに機能する。


整理:矛盾ではなく、変数の違いだった

問い答え
市場はありきたりで溢れるか溢れる。AIの平均出力が床になる
作る過程に意味はあるかある。ただし数ではなく深さで得られるものが多い
200個で1個当たりを探す戦略は有効か成功確率が上げられない前提なら有効。でもアプリ開発では確率は上げられる
考えた20個のほうが良いか確率の上げ幅次第だが、現実的にはそちらのほうが合理的

モヤモヤの正体は「量産の合理性を完全に否定できない」という感覚だと思う。それは正しくて、完全には否定できない。ただ「考えた20個」と「ランダムな200個」の期待値を比較したとき、ほとんどの状況では前者が勝つ。


もう一つの視点:量産が「思考の代替」になるとき

量産戦略が最も危ういのは、「何を作るか考えない」ための言い訳になるときだ。

「とりあえず作ってみれば何かわかる」は正しいことが多い。でも「200個作れば何か当たる」は、「何を作るか考える」というコストを回避するための合理化になりうる。

これはコーディングを AI に委ねることで設計力が落ちる問題と同じ構造だ。量産によって「選ぶ力」を使わなくなると、その力は育たない。そして「選ぶ力」こそが、AIが平均的に出力できるものより上に行くための唯一の武器になる。

備考

この記事で「200個」と言っているのは、AIを使って考えずにサクサク作り続けた場合のイメージで、おおよそ1年スパンを想定している。週4本ペースで1年、という感じ。「20個」のほうはその同じ1年で、ちゃんと考えながら月1〜2本作るイメージ。同じ時間軸で比較したときに、どちらの戦略が合理的かという話。

参考文献

  1. Pieter Levels, "I'm Launching 12 Startups in 12 Months" https://levels.io/12-startups-12-months/
  2. Pieter Levels, "List of all my projects ever" https://levels.io/projects/
  3. Robert E. Litan, "Think of Start-ups as Shots on Goal", Harvard Business Review (2012) https://hbr.org/2012/06/think-of-start-ups-as-shots-on-goal
  4. Briesch et al., "Large Language Models Suffer From Their Own Output: An Analysis of the Self-Consuming Training Loop", arXiv:2311.16822 https://arxiv.org/abs/2311.16822
  5. "All AI Models Make the Same Mediocre Creative Work", BRXND Dispatch vol.99 https://newsletter.brxnd.ai/p/all-ai-models-make-the-same-mediocre