この記事についてClaude(Anthropic)との共同編集により作成されました。
要約
- 丸ノ内線の東京駅から新幹線へ順路どおりに歩くと、エレベーターに乗りたくもないのにエレベーターの前に出る
- 原因は天井から吊るされた円形の案内板である。エレベーターの案内が左、階段の案内が右に書かれている
- 順路の作りとして人は自然に左側を歩かされるので、急いでいると右側の表示が視野に入らない
- 正解はエレベーターの手前で右に曲がるだけ。それだけで階段に着く
- これは方向音痴の問題ではなく案内の設計の問題だと思っている。混雑する場所ほど、迷った人の滞留がそのまま混雑になる
- しかも円形である以上、同じ通路の案内板はどれも右側の面が読まれない。看板の半分が構造的に死んでいる疑いがある
- 直し方は2つ。左の面に階段は右だと1行書き足すか、そもそも階段を人が歩く左側に置くか
先日、新幹線に乗り遅れた話を書いた。そのときは乗り遅れたあとの手続きの話だけを書いたが、そもそもなぜ間に合わなかったのかという原因のほうを書いていなかった。
原因の一部は、東京駅の乗り換えである。もっと言うと、丸ノ内線から新幹線に乗り換えるときに、毎回エレベーターの前に着いてしまうという現象である。
これは今回が初めてではない。何年も同じことを繰り返していた。そして今回、ようやく理由が分かった。しかも解決策は右に曲がるだけだった。
何度やってもエレベーターに着く
丸ノ内線の東京駅で降りて、新幹線の乗り場へ向かう。案内はちゃんと出ているので、順路どおりに歩く。
しばらく歩くと、エレベーターの前に着く。
エレベーターに乗りたいわけではない。荷物もそんなにない。階段でも上れる。それなのに、順路どおりに歩くと必ずエレベーターに突き当たる。しかもエレベーターは1台しかなく、大きな荷物を持った人が並んでいる。
ここで毎回こう思っていた。「新幹線に乗る人間全員をこの1台のエレベーターに通す気か?」と。
そんなわけがなかった。自分が階段を見落としていただけだった。
犯人は天井の円形案内板だった
エレベーターの手前に、天井から吊るされた円形の案内板がある。丸い面に、方向ごとの行き先が書かれているタイプのものである。
そこをよく見て、初めて気づいた。
- 円形案内板の左側にエレベーターの案内
- 円形案内板の右側に階段の案内
つまり階段はちゃんと案内されていた。右に曲がれと、頭上に書いてあったのである。
自分は何年も、その表示の左半分だけを見て歩いていた。
なぜ右側の表示が目に入らないのか
ここからが本題である。これは自分の注意力の問題ではないと思っている。
丸ノ内線から新幹線へ向かう順路は、途中の通路や曲がり角の作りの都合で、歩いていると自然に左寄りを歩く流れができる。人の流れに乗っていると、意識せずに左側を進むことになる。
その状態で、急いでいる人間の視野はどうなるか。
進行方向のやや左、そして足元と人の背中しか見ていない。天井の案内板を見上げたとしても、目に入るのは自分に近い側、つまり左半分である。そして左半分にはエレベーターの案内が書いてある。だから左へ吸い込まれる。
急いでいる人ほど視野は狭くなる。乗り換えで急いでいない人はほとんどいない。つまりこの案内板は、急いでいる人が読めない配置になっている。
そして到着した先が、1台しかないエレベーターの列である。ここでさらに時間を失う。
円形の案内板そのものが良くない説
そもそもの話として、円形の案内板という形式自体に無理があるのではないかと思っている。
四角い板が壁や天井に平面で固定されていれば、板の左右と現実の左右がそのまま対応する。ところが円形の吊り下げ看板は、見る角度によって左右の対応が変わる。真正面から見ればいいが、斜めから近づくと、右の表示が奥に回り込んで見えなくなる。
デザインとしては、たしかに丸いほうがきれいである。四角い板がぶら下がっているより、空間としてすっきり見える。
しかし案内板の仕事は、きれいに見えることではない。急いでいる人が、歩きながら、斜めから、一瞬で読めることである。その一点だけで評価するなら、この円形案内板は仕事をしていない。
そしてこれは、この1枚だけの問題ではないのではないかと思う。順路が人を左に寄せる構造になっているなら、同じ通路に吊るされた円形案内板は、どれも右側の面が読まれないことになる。看板の面積の半分が、構造的に死ぬ。
丸い看板の利点は、情報を全方向に配れることのはずである。しかし人の流れが一方向で、しかも片側に寄っているなら、その利点は最初から成立していない。全方向に等しく見えるというのは、全方向から等しく見えにくいということでもある。
四角い板を、流れに対して正面から見えるように吊るす。それだけで読まれる面が増える。丸くする理由が景観だけなら、割に合っていない。
これは案内の敗北である
言いたいことは1つで、これは利用者側の問題ではないということである。
自分は何年も同じ道を歩いて、毎回同じ場所で同じ間違いをしていた。同じ間違いを繰り返す人間が悪いのではなく、同じ間違いを何年も生産し続ける案内のほうが悪い。個人が学習しなければ回避できない導線は、設計としてすでに負けている。
そして東京駅の新幹線乗り場は、日本でもっとも混む場所の1つである。ここで起きることは、次のような連鎖になる。
- 階段に行くはずだった人がエレベーターに流れる
- エレベーター前に列ができ、通路が詰まる
- 本当にエレベーターが必要な人(大きな荷物、ベビーカー、車椅子)の待ち時間が伸びる
- 迷った人が立ち止まり、その周りで人の流れが乱れる
新幹線ホーム周辺の混雑は、列車の本数や乗客数だけの問題ではないと思う。迷った人が立ち止まって滞留することの積み重ねが、そこそこの割合を占めているはずである。1人あたり10秒の迷いでも、1日に何万人も通れば無視できない量になる。
傍証は、あのエレベーターが毎回混んでいること
ここまでは自分の推測だが、1つだけ手元にある事実がある。データではなく経験の範囲だが、あのエレベーターは毎回くそ混んでいる。時間帯を変えても、繁忙期でなくても、行くたびに人が溜まっている。
エレベーターが本当に必要な人だけが使っているなら、1台でも毎回あそこまで詰まるものだろうか。混み続けているということは、エレベーターに用のない人がかなりの割合で混ざっているということになる。過去の自分がまさにそれだった。階段で上れるのに、階段の存在に気づかないまま並んでいた。
あの列は、案内の失敗が目に見える形で溜まったものだと思っている。誰も並びたくて並んでいない。
案内をまともにするだけで解決する混雑が、確実に混じっている。設備投資も増員も要らない。看板の左右を直すだけである。
直し方は2つ思いついた
案1: 左の面に、右のことを書く
人が見ている側に、見ていない側のことを書けばいい。 円形案内板の左半分、エレベーターの案内の隣に、階段は右だと1行足す。それだけである。
いまの案内板は、おそらく「その方向にあるものを、その方向の面に書く」という原則で作られている。地図としては正しいし、整合的でもある。ただ、人は正しい面を見ていない。左を歩かされている人は左しか見ない。ならば左の面に、右のことを書くしかない。
板を作り直す必要も、通路をいじる必要もない。矢印1本と文字1行で終わる。何年も人を1台のエレベーターに吸い込み続けたコストと比べれば、ほとんどタダである。
案2: そもそも階段を左に作る
書いているうちに、もっと素直な解もあるなと思った。人が左を歩くように作られているなら、行かせたい場所を左に置けばいい。
いまの構造は、左に寄せておいて右に曲がらせる。流れと目的地が逆を向いている。案内でそれを毎回補正させるくらいなら、階段のほうを流れの側に置く、あるいは左側にも階段を足すほうが、案内なしで機能する。
もちろんこちらは工事の話なので、看板1行とは桁が2つくらい違う。地下の構造上できない可能性も普通にある。ただ、設計の順序としては導線が先で、案内は後のはずである。案内で補正しないと通れない導線は、導線のほうが間違っている。
案内板というのは、導線の失敗を人間の注意力で埋め合わせるための道具になりがちで、この場所はまさにそうなっている。
同じところで詰まっている人へ
結論だけ書いておく。
丸ノ内線の東京駅から新幹線へ向かうとき、エレベーターが見えたら、その手前で右を見ること。 天井の円形案内板の右側に階段の案内がある。エレベーターに用がないなら、右に曲がればいい。
自分はこれに気づくまでに何年もかかった。気づいてしまえば、あのエレベーターの列に並んでいた過去の自分がひたすらバカらしい。
そして、もし駅の案内を設計する立場の人がこれを読んでいたら、1つだけお願いしたい。
急いでいる人が、歩きながら、視線を上げずに読める案内にしてほしい。 読めない案内は、無いのとあまり変わらない。